シューマンの『ユーゲント・アルバム』という曲集は、速度標語や発想標語〔どのように演奏すべきか記した言葉〕にドイツ語が使われています。うちにある全音楽譜出版社の楽譜では、それらのドイツ語の標語にかっこ書きで日本語が書き添えてあります。
新型コロナウイルスの感染症対策でレッスンを休みにしていた時のことです。
『ユーゲント・アルバム』の「劇場からのひびき」という曲の冒頭には「Etwas agitiert(少しせきこんで)」とあるのですが、それを見た夫が「ゲホゲホしながら弾くの?」と訊いてきました。
夫は、時節柄、「咳き込む」だと思ったようですが、正解は「急き込む」です。
「せかされるとか、気がせくとかの『急き込む』だよ」と言うと、「あまり使わない言い回しだね」と返されて、それもそうだな、と思いました。
他の楽譜でも「agitato(アジタート)」というイタリア語の発想標語がしばしば使われています。
近頃では扇動することを「アジる」なんて言いますから、「せきこんで」より「アジられて」と言った方がわかりやすいかもしれませんね。
音楽用語には、他にも、「快活に(con allegrezza)」、「おどけて(scherzando)」、「甚だしく(troppo)」など、ちょっと難しい言い回しが残っています。
ちなみに、私の子どもの頃は、「少し強く(mezzo forte)」は「やや強く」、「中くらいの速さで(Moderato)」は「中庸の速さで」だったので、少しずつ音楽用語が載っているワークブックなどの文面も改められてはいるようです。
新しい音楽用語を教えるときは、楽譜の中では見慣れていても、一般にはあまり使われない言葉があることに留意して、生徒さんにきちんと意味が伝わる言い回しに直さなければいけないな、と思いました。